1.太けりゃいいと思っているバカ(その1)
たいていの人は、何でも小さいより大きいほうがいいと思っているようです。DNAに書いてあるのかも知れません。恐竜は小さいより大きい方が生存競争上有利なために進化を続けた挙げ句あんなに巨大化したとされていますが、少なくとも知性のある人間としては、大きさだけを求めているようではだめでしょう。
さて、ログハウスの魅力のひとつに「豪快さ」があります。「豪快さ」を演出しようとすれば末口直径20cm(注1)クラスのログでは全くだめです。最低でも末口26cmのクラスのログが必要です。「○丸」等のログ雑誌には末口40cm超クラスのものまで登場して「豪快さ」を誇っています。
しかし、壁が必要以上に厚いのはスペースの無駄です。特に壁際に家具を置く場合は注意が必要です。1カ所でも飛び出した部分があるとそれ以上壁際には寄せられないからです。図面上は直径40cmのログの飛び出しは壁の中心から20cmですが、実際はログが湾曲していたり、テーパーがきつかったり、こぶがあったりして5cmくらいは簡単にオーバーしてしまいます。(この5cmというのは相当に控えめな数値です。)仮に壁の中心から25cmずつ飛び出したとすると、4m×4mの部屋は3.5m×3.5mにしか使えません。3.5×3.5/(4.0×4.0)=76.6%にしかなりませんから20%以上のスペースが壁厚のために犠牲になっているのです。
これが大口径のログを使う際の第1のデメリットです。(ちなみに、木造在来工法だと壁の厚みはせいぜい12cmくらいですから3.88x3.88/(4.0x4.0)=94.1%となり6%足らずしか無駄になりません。)
(注1)丸太は先が細くて元が太くなっています。細い方の直径を末口、太い方の直径を元口といいます。当然末口と元口の差(テーパー)が大きいとやりにくくなります。また材が長いと当然テーパーは大きくなります。
まだまだあります。続きは(その2)で。
2.太けりゃいいと思っているバカ(その2)
第2のデメリットは材料費がかかることです。大口径のログは積み上げる段数が少なくてよいのでそんなに材料費は変わらないと思っていたら大間違いです。直径が倍になると断面積は4倍になることを忘れてはいけません。
例えば幅5m高さ2.5mの壁を作るとします。末口26cmのログでは10段、末口36cmのログでは7段積むことになるので、末口26cmでは延べ50m、末口36cmでは延べ35mの丸太が必要です。これを材積にして考えると0.26×0.26×50=3.38立米(末口二乗法(注2)という計算法による)に対して0.36×0.36×35=4.54立米と34%も多くの材料が必要になります。当然材料費も34%アップです。
(注2)材木業界ではこの計算法です。材料費もこの計算法による材積に単価をかけて出します。 
太いことによる第3のデメリットは太い材は寸法変化も大きいということです。丸太の水分が飛ぶことによる寸法の変化(セトリング)量は変化率を一定とすれば、長さや断面積が大きくなると当然大きくなるので、これはどうしようもありません。うちの近くにもカナダ産の40cmクラスの材を積んだログ・ハウスの喫茶店がありますが、今行ってみると気の毒なくらい隙間ができ、ひび割れが進んでいます。
さらに太ければ重いというのもデメリットです。重量は材積に比例しますから先の例だと34%も多くの何の意味もない死荷重が雨の日も晴れの日も四六時中基礎にかかっています。当然、基礎と地盤は34%増加した荷重に耐えられるものでなければなりません。
部屋が狭くなっても、材料費がかかっても、隙間やひび割れが大きくても、何の意味もなく重くても、それでも太けりゃ太いほどいいとお思いの方は、どうぞ思い切り豪快なログハウスを建ててください。そうでない方は、まあまあ太いくらいで手を打ちましょう。
3.道具を揃えたがるバカ
ログハウスづくりにはどんな道具が必要でしょうか。まずチェンソー。これは現代では必需品です。電動工具では、丸のこ、ドリル、かんな(平、曲面)、ルーター(トリマー)、サンダー。大型電動工具では、自動かんな、丸のこ盤。手道具ではのこぎり(ゼットソーのようなのでOK)、のみ各種、かんな(平、曲面)、玄翁(大、小)小刀、NTカッター。刃物の研ぎに砥石各種(荒・中・仕上げ)。あると便利なのは充電式インパクトドライバ。測量、計測、墨出しに曲尺(さしがね)、スケール、巻尺、下げ振り、水盛り用の透明ホース、墨壺、水糸、ハンド・レベル、留め定規、スクライバー。だいたいこんなものだと思います。書き出してみると意外に少ないです。
この中でほぼ使い道がないと断言できるのは、電動かんな(平)です。手持ちの電動かんなで木を削ると、ざらざらの表面は一応きれいに(すべすべに)なりますが、この道具で材を必要な厚さに揃えるとか、平面を出すことは余程の名人でない限りできません。
これからログハウスを作ろうという方は是非電動かんなではなく、自動かんなを買って下さい。自動かんなで厚みを揃えることには、思った以上のメリットがあります。加工の精度が驚くほど向上します。この道具なら完成後に家具を作ろうと思い立っても役立ちます。
 | デルタ社の自動かんな |
さて、作業をやっていると少なからず見物人がやってきます。見物人たちの多くは、「こんなにいろいろ道具があると何でもできるねえ」と言いますが、これは大間違いで、道具があるからできるのではなく、こういう作業がしたいからそのための道具を揃えたというのが本当です。
この辺を間違っていると、「とりあえず使わないけど、ついでにこの道具も買っておこう」となり、いざ使おうとすると手入れが悪くて使えなかったり、誰かに貸出していたり、ひどいのになると買ったことを忘れてまた買うことになったりします。
4.セルフ・ビルドすれば安いと思っているバカ
われわれ庶民は安いという言葉に敏感です。ログハウスが欲しいと思えば、「どうすれば安くできるんだろう?」という気持ちは当然でてきます。
そこでログ雑誌の登場です。「夢丸」等のログ雑誌では安く手に入れる方法として、必ずと言っていいほどセルフ・ビルドが登場します。でもセルフ・ビルドが本当に安くなるのは相当好条件が重なったときだけです。
(1) 材料費。
材料費は高くなることはあっても決して安くはなりません。何年もかかってやっと1棟完成する(しないこともある!)シロートさんに、毎年何棟も施工するビルダーさんより安い単価で材料を卸してくれる業者はないからです。材木屋や建材店に強力なコネがある人以外はコスト的なメリットはありません。こんなことは少し考えれば誰にでも分りますが、なぜかセルフ・ビルドには「安い」というイメージがついて回ります。
材料の値段は刻々と変化しています。継続的に購入しているビルダーさんなら今後○○が高くなりそうとか、卸屋さんの在庫調整で△△が安いなどという情報を得ることもできますが、一見(いちげん)さんではこんなことはできません。また材料はどうしても何パーセントかは余分に購入する必要があります。1棟だけだと、この余分を有効に使い回せません。有効に使えないばかりか、処分するためにお金がかかることもあります。
したがって、材料費を安く上げようと思えばただで貰うしかありません。電柱や枕木のお古が貰える場合です。ただし昨今では枕木のお古は新品並の価値があるようですし、電柱もコンクリート柱への移行がかなり進んでしまっているようなので可能性は低いと言わざるをえません。さらに、ビルダーさんなら当然嫌がる古釘や石の混じり込んだ材でも苦にならない人限定になります。
| 「どんぐり館」で使用した古電柱 の山 たこ焼き1舟で貰いました。 |
以上、木材について書きましたが、生コンクリート、鉄筋、型枠等の基礎工事や屋根工事についても同じことが言えます。
(2) 設計費。
設計も自分でやればただですが、問題は最適設計ができるか(量的、質的に適切な材料が選べるか)ということです。ログハウスの躯体や小屋組等はデザイン上の好みから相当過大な設計になっていますが、これは置いておくとして、
・量の問題
基礎コンクリートの厚さ、鉄筋の径とピッチ、根太や垂木のサイズとピッチなどはログハウスのデザインには関係ありません。構造的にもちさえすれば最小限でいいものです。ところがシロートさんはこの辺の計算が出来ないので、安全率を見込んで相当過大になってしまいます。プロに相談するとしても、どんな施工をするかわからないシロートさんにぎりぎりの設計値を教えるようなバカなプロはいません。親身になって考えてくれるプロほど安全率を大きくとるものです。
・質の問題
コンクリートの強度、天井の仕上げ材、フローリング、造作材などの樹種とランクを適切に選べるか。これも、シロートさんが見極めるのは難しいので、知らないうちに必要以上に高級なものを使ってしまうことも考えられます。
自分で設計して設計費を削ったつもりでも、過大なものを作ったり、必要以上に高い材料を使ったりするのではコストダウンにはなりません。
(3) 人件費。
人件費は一応「自分ですればただ」のように思えますが、「ただほど高い物はない」という諺もあります。本当にただなのかどうか、よく考えてみましょう。
プロとアマでは作業能力に大きな差があるので、いくらただとは言え必要以上に時間を浪費してしまう可能性はあります。また怪我をしたり、交通事故を起こしたり、作業疲れのために本業の方でチョンボをしても自己責任です。
こんなことを考えると、「よほど仕事が暇で、有給休暇も消化しきれないほど余っており、土日を全部作業にあてても仕事にも私生活にも差障りがない人」以外は本業で稼いでビルダーさんに支払う方が合理的だと私は思います。
(4) 工具代。
ビルダーさんに頼むと工具代はいりませんが、自分でやるとなると工具を揃える必要があります。それらの工具のうち、完成後に使わなくなるものは全く無駄です。チェンソーは薪を作るのに必要、丸のこは1台くらいならあってもいい、鑿(のみ)は?と冷静に考えてみて下さい。スクライバーのようにログハウス以外ではおよそ使い道のなさそうな道具もあります。
(5) リース料。
ユニックやクレーンがただで借りられる人、人力ですべて積み上げられる人以外はユニックやクレーンのリース料が必要です。現場が遠くにあるとさらに回送費もかかります。また、足場、トイレなども、なければリースする必要があります。
これらのリース料は手作りすると工期が長くなり(週に6日作業するのと週末の2日しか作業しないのとでは単純計算で3倍、連続する作業の能率を考慮すればそれ以上長くなる)、当然高くなります。
(6) 交通費。
現場までのガソリン代、高速道路の通行料。これがバカになりません。何年も毎週通ったりすると、後から計算すると恐ろしいほどの額になります。また、冬季に雪の中を乗込もうと思うと、スタッドレス・タイヤが必要になったり、四駆に買換えたりする必要がでてきます。
(7) 宿泊費。
「どんぐり館」では、一番最初の草刈りを除いてテント生活をしたので、宿泊費はわずかしかかかりませんでしたが、テント生活ができないなら宿泊費がかかります。また、テント生活をするにしても、テントとシュラフくらいは最低限必要です。
もしあなたが「安くできること」を第一の理由としてセルフ・ビルドに挑戦しようとしているならば、すぐに中止すべきです。セルフ・ビルドの意義は決して「安くできること」ではありません。
5.セルフ・ビルドの意義を知らないバカ
それではログハウスをセルフ・ビルドする意義は何でしょうか?
(1) 自分の思ったとおりのものを作ることができる。
自分で作る場合は自分さえ分かっていればいいので、詳細な図面は要りませんが人に作ってもらうとなると、何でも図面にしないと分かってもらえません。
平面図を書いたくらいでは、到底自分の思ったとおりにはなりません。小屋組の方法、屋根のかけ方、窓の位置などを考慮して立面図を書けば、外観はだいたい自分の思ったとおりになるでしょうが、まだまだです。矩計(かなばかり)図、トラスや階段の詳細図、建具の納まり図、このくらい書いてもまだ90%くらいではないでしょうか。継手や仕口*(注3)の詳細図、タイルや煉瓦の割付図まで書いてやっとまあまあだと思います。
それでも自分の思っていたイメージとは違う箇所が必ずでてきます。自分と他人とは違うのだから当たり前のことです。したがって
100%自分の思ったとおりにするには自分でするか、応援を頼むのでも付きっきりで細かい指示をするしかありません。
(2) 変更が容易。
自分でやる分にはすべて自己責任です。人がどう思おうと自分がよければそれでいいのです。途中で気が変わっても(気が変わったわけではなくても、やってみなければ見えてこないことも多々あります)誰に遠慮することも、妥協することもありません。好きなように変更できます。
(3) 工程に縛られない。
自分の家を自分で作るのですから、納得がいくまで好きなだけ時間がかけられます。「明日は天気がよさそうなので作業はやめて大山に登ろう。」などと脱線しても誰にも咎められません。こういうリフレッシュが新たな活力やアイデアのもとになります。
また不必要なところは心おきなく省略したり、後回しにして住みながら仕上げることも出来ます。
(4) プロがやらないことができる。
プロのログビルダーさんは、(自分の家を建てる時以外は)自分の生活のために人の家を作るのですから、コストに見合う効果が期待できないことはしないでしょう。自分の家を自分で作る分にはコスト・パフォーマンスは関係ありません。これもセルフ・ビルドの醍醐味です。
(5) 楽しめる。
頭の中に描いた物が、自分の力で現実の物となる。これは他のことからは得難い楽しみです。特に、「家」は別格で、自分の家が自分(や仲間)の手で少しずつ現実になっていく、こんなにわくわくすることは他にありません。
(注3)継手と仕口 2つ以上の部材を組み合わせ、接合する方法、または接合部分のことです。
仕口とは柱と梁の接合のように直角方向に接合するもの、継ぎ手とは土台の接合のように軸方向に接合するものを言います。
6.狂わないバカ
狂う-理性を忘れるほど夢中になる、またはおぼれることです。大抵は夢中になるのは享楽です。仕事や学問に狂ったというのは私はあまり聞いたことがありません。一方ギャンブルや異性(同性?)に狂うというのはいくらでも例があります。
木も狂います。木が狂うというのは捻れたり、反ったり、収縮したりして外形寸法が変化することです。狂わせないために、狂いそうなところを除去していいとこ取りで貼り合わせたのが集成材です。
最近のハウス・メーカーや工務店の木造在来工法による家は、たいていこの集成材の柱や梁をコンピューター制御で機械加工(プレカット)しています。大工さんに聞くと加工の精度はすばらしくよく、固くもなくゆるくもない絶妙の仕口や継手が刻んであるそうです。また、人間の刻んだのと違って間違いがないし、人工的に乾燥させてあるので後から狂うこともありません。
一方ログハウスでは真っ直ぐなのも曲がったのも、節があるのもないのも、太いのも細いのも、全部それなりに使うのが基本です。狂い(セトリング)は折込み済で少しくらい狂っても大丈夫なようにしています。また激しく狂いそうな材でもなんとか使える場所をさがしてやりくりします。ログハウスでは狂うのを抑制するのではなく、狂うことを前提にあらかじめ対策を施しているのです。
「常に真実を見つめ、正しい道を迷わず行け。」
「しょせんこの世は夢のまた夢、狂え、狂え。」
人間の生き方と同様に、家の建て方にもこのふたとおりがあるのです。
われわれは7年の間、狂ったようにログハウスに没頭しました。周りからは狂っているとしか思えなかったと言われました。
今振り返って、ギャンブルや女にではなくログハウス作りに狂えたのは本当に幸せなことだったと思います。
7.夢見るバカ
誰にでも夢はあります。特に女性は夢見ることを好むようです。私の知り合いのある女性は煉瓦(レンガ)(注4)造りの家に住むのが夢だと言っていました。
そこで、私は煉瓦のサイズは21cm×10cm×6cmで目地を1cmとすると壁厚21cmの壁を1平米積むには煉瓦が約130本必要になるから、煉瓦1本の値段を70円とすると壁1平米あたり9,100円かかる(当時消費税はまだなかった)と得意げに電卓 をたたいて見せました。 (電卓は当時から私の得意技のひとつだったのです。)  | 煉瓦の壁 フランス積みという積み方です。 |
夢を実現するためには当然お金がいくらかかるか知りたいだろうと思い、親切心から計算して見せたのですが、彼女には「そんな夢を壊すような計算をするなんて」と叱られてしまいました。
結局、彼女は夢見ていたかっただけで、夢を現実にしたいなどとはこれっぽっちも思っていなかったのです。
フツーの人にとってログハウスに住むというのは夢かもしれません。私も20歳代の頃は途方もない夢だと思っていました。ログハウスの雑誌でカラー写真をうっとりとながめ、どんな人がこんな家に住むんだろうと思っていたのです。
夢見ていたいだけなら雑誌を見てうっとりしていればいいですが、夢を現実にしたいと本当に思うのなら、まず電卓をたたいて夢が現実にできない理由は何かを探ることが必要です。
金、技術、人手、材料、道具、法規等、何でも自分で情報を集め、勉強して1ミリずつでも夢に近づく努力をしましょう。そして努力をしていることを周囲に発信しましょう。そのうち3メーターくらい一気に夢に近づけるチャンスがきます。日々努力していないとそういうチャンスをみすみす見逃してしまうのです。人生とはそういうものだと思います。
(注4)煉瓦(レンガ)
煉瓦は、日本にとって新しい材料だった。「煉瓦」という語自体も、新しくつくられた和製漢語の一つである。煉瓦は、当初輸入に頼っていたが、重量物ゆえに輸送費がかさみ、建設地の近くで焼成するようになる。最初の煉瓦焼成は、安政年間(1850年代)に幕府が長崎製鉄所を建設する際に、建設地近くの瓦窯で外国人の指導の下で焼かれたという。当時の呼称は「煉石(れんせき)」。その後「煉化石」、「煉瓦石」と転じて、最終的に「煉瓦」に落着く。
煉瓦の良さは、先ず、原料:土が足元にあること(どこにでもあること)、土を練り成型して焼けばできること、それを積むのは誰にもできること、積めばそのまま仕上がりになること、その上、積む人の気持ちが仕上りに表れること、さらに、耐久性があり、時とともに貫禄がつくこと、そして、万一壊すことがあれば再び土に帰ること・・・などが挙げられよう。
8.ひとつで満足するバカ
わが家の家訓?のひとつに「難波さんの教え」というのがあります。難波さんというのは、プロジェクト・チームZENのメンバーの一人であり、「どんぐり館」の成功のキー・パーソンです。
さて、この教えは「いいと思ったら二つ買え」という至って単純明快なものです。なにかいい物を見つけると、ものすごい得をしたような気分になって買って帰り、にやにやしながら満足感に浸りますが、
「それで満足するようではまだまだ。本当にいいものなら後々になって壊れた時などに困ったりすることのないよう、もうひとつ買っておけ」
と教えているのです。
これが簡単そうで、なかなか実践できません。それが証拠に当の難波さんでさえ、まだまだ実践できてないようです。
せっかくいいものを見つけても、うれしさのあまり教えのことなどぶっ飛んでしまい、ひとつだけ買って後から悔しがることがよくあります。いらないものを2つ買ったらどうするんだと思われるかもしれませんが、それは本当にいい物を見分ける目がないという別の問題です。見た瞬間に本当に必要な物かどうかを見分ける目は当然鍛えなければなりません。
この教えは真理です。
9.デザイン・カットをありがたがるバカ
開口部をデザインカットしているのをよく見かけます。ビルダーさんの腕とセンスの見せ所なのでしょうが、私は好きではありません。
梁のように渡した材の最大曲げモーメントが発生する点は材の中央です。こんなことは構造力学を勉強しなくても直感的に誰でも知っています。(だから橋のように渡した棒を折ろうとすると誰でも棒のまん中を踏みます。)それが分っているのに、わざわざ真ん中に応力の集中しやすい中カッコ開く({)を時計回りに90°回したような形のカットを施すケースがとても多いと思います。
デザインカットの上にさらに2,3段積んでいるうえに小屋組がトラスになっていたりすると屋根の荷重が直接カットした丸太にかかるわけではありません。小屋組を束立てにしていても上に2,3段も積んであれば構造的には十分です。従って、どんなデザインカットをしようが構造的には問題にならないのですが、私はどうしてもバランスの悪さ、居心地の悪さのようなものを感じてしまいます。
やじろべえ式に架設するPC橋は橋桁と橋脚がラーメン結合になっているので橋桁の中央部が一番薄くなっています。こういう理にかなったデザインは、無駄がなく美しいと思いますが、ただデザインのみを考えたようなカットは、やり過ぎると下品さだけが強調されるように思います。  
| PC橋の架設 やじろべえ式に左右に 張り出して行きます。 桁の中央で桁厚が 最小となり軽快です。 |
奇抜なところでは、キティちゃんのデザインカットも見かけましたが、こんな断面の1/3も残らない箇所がいくつもできるようなカットは、良識あるプロであればたとえ施主さんが望んでも何かうまい理由を考えてお断りして欲しいと思います。

| キティちゃんのデザインカット |
10.市街地にログハウスを建てるバカ
街には街の良さ、田舎には田舎の良さがあります。終の棲家を定める時、街の良さは知らない、あるいは田舎の良さは知らないなら話は簡単ですが、両方知っているとややこしくなります。私は田んぼの中の兼業農家で生まれ育ちました。そして一人前に独立してからはずっと街に暮らしています。一応田舎の良さも、街の暮らしの便利さも知っているという立場です。
一般の人が考える田舎で暮らすメリットは、何と言っても住環境のよさでしょう。空気がきれい、水がきれい、騒音がない、通勤地獄がないなどゴミゴミした都会に暮らす人にとってはうらやましい限りに思えるかもしれません。
でも本当に考えなければならないのは田舎でどんな暮らしをするかです。田舎に住んで自給自足の生活をするのならともかく、まだそんな仙人のような境地には至っていない私のような人間は、生きるため家族を養うために仕事をしないわけにはいきません。仕事をする以上は街との接触を断つことはできないなどと言っていると、結局田舎に住んではみたけど街と同じ生活をするだけになってしまいそうです。インターネット等の通信網をフルに活用した生活をするようなはめになってしまうのでは、何のために田舎に住んでいるのか分りません。
そんなこんなで、私は結局市街地を選択しました。市街地にはいろいろな制限があります。建坪率、容積率、セットバックといった単純な問題から防火指定でなくても法23条の問題。さらに周囲との調和(これが一番大事)や工事中のご近所との問題。
面倒な問題をひとつづつクリアしてできたのはピーセン・ピースのログハウスでした。自分では、苦労した甲斐あって、法律的にも周囲との調和も住み心地も全く問題ないものができたと思っています。
でも本来ログハウスが持っているべきエネルギー感とか、野性味などという魅力はずいぶんスポイルされてしまいました。
結論。市街地にログハウスを建てるべきではありません。山や森の中にあってこそのログハウスです。