21.小心者をバカにするバカ
私は小心者です。周りの者は小心者ならログハウスを2棟も建てることはないだろうと言います。世間の人はログハウスを自力で建てようなどという大それたことを考えるのは小心者ではないと思っているようですが、そんなことはありません。小心者ほど小心者と見られたくないものなのです。
「どんぐり館」の場合、一番重要なポイントは小心者が「集った」ということです。小心者は一人ではなかなか行動できませんが、集まればすばらしい力を発揮できるのです。もともと小心者なので細かい計算や、段取や、準備は得意です。作業もおそるおそるやるので最初は時間がかかりますが、いきなりノッチを切りすぎたりすることはありません。「どんぶり勘定」などは最も小心者の忌嫌うことなので、作るのに7年かかっても、会計がうやむやになることなど考えられません。また、途中で投げて他の遊びに乗り換えようなどという野心もわきません。
それにいかに小心者ばかりでも何人も集れば多少は大胆で豪快な考えができるようになるものです。小心者が集まり、一人一人が分をわきまえてこつこつと作業を続けた結果が「どんぐり館」であるという事実は、我々小心者の誇りです。
小心者がいないとどうなるでしょうか。無鉄砲者ばかりだと、やれば何とかなると思っているので誰も細かい計算や段取などしません。もちろんぶっつけ本番です。チェンソーを持つとフルスロットルでぶんぶん回したくなり、あっという間にノッチを切りすぎます。どんぶり勘定でやっているので誰がどれだけ金を出したかなど誰にも分りません。自分ががんばらなくてもメンバーの誰かがやってくれると思っているので、そのうちもっと面白そうな遊びをみつけてログハウスのことなど忘れてしまいます。そして気がついた時には、完成前に腐るという最悪の結果へのスパイラルにはまっているのです。
私は、焼肉屋でカルビを10人前ずつ注文するような豪快な人間にはとてもハンドメイドのログハウスは建てられないと思います。できるものならやってみなさい。
22.二度測らないバカ
大工仕事でしくじるのは、たいてい墨をつける時です。切ったり、彫ったり、削ったりという基本的な作業はそんなに難しいものではないし、複雑に見える刻みでも基本的な作業の組み合わせだからです。切ったり、彫ったり、削ったりという作業はそれなりに緊張してやるので、よほど慌てている時とか、よほど嫌な作業でなければ、めったにしくじることはありません。
仕口や継ぎ手がうまく組めないのは、たいてい墨が間違っていて、間違った墨のとおりに刻んだ場合です。(組む時にならないと間違っていたことが分からないのでやっかいです。)
この失敗を防ぐためには、墨を付けたらもう一度チェックすればいいことは、ちょっと考えれば誰でも思いつきますが、こんな簡単なことがなかなか実践できません。つい先を急いで、切りたくなってしまいます。そして自信を持って間違った墨のとおり切ったり、彫ったり、削ったりしてしまったことが何度かありました。くやしいことに、間違っている時に限って墨(の幅)を半分残した会心の刻みができていたりするものです。(仕口や継ぎ手の墨は♂も♀も同じ墨をつけて、墨の半分を残して刻めば組んだときに半分ずつ残った墨がぴたりと1本の墨に合うと大工さんが教えてくれました。)
昔の大工さんはこのあたりをすべてお見通しで「大工は二度測って一度で切る。」という有名な諺があります。二度測って墨が正しいことを確認したら、墨を信じて切ることだけに集中して一度ですぱっと切りなさいということです。これほど簡潔に大工仕事の本質を言い表した言葉はありません。
23.まず小さなログハウスを作ってみるバカ
いきなり本番というのは、どんな場合でもリスクが伴います。小学校の運動会や卒業式では予行演習というのをやります。ログハウスでもいきなりフルサイズは無謀だからまず小さなログハウスを作ってみようという、いかにももっともな考えがありますが、私はこれは損だと思います。
その理由は、
(1) 作ってしまった小さなログの使い道がない。
物置に使うというのをよく見かけますが、フルログの物置では小径のログを使ったとしても壁が立派すぎて邪魔になり、肝心の収納量が減ってしまいます。犬小屋というのもありますが、私が犬ならこんな狭くて圧迫感のある犬小屋は嫌だと思うでしょう。近所の保育園の遊具に貰ってもらうという手もありますが、無鉄砲な園児が遊ぶとなると安全性の面から何かと気を使わなくてはならないでしょう。ログハウスと言うものはもともと壁が厚すぎて汎用性がないのに加え、小さいのではとりあえず作って後から使い道を考えても、ぴったりはまることはありません。
(2) 練習になりそうでならない。
末口20cmのログと30cmのログは同じようには刻めません。また、同じ末口24cmのログでも3m材と6m材では驚くほど違います。固定の仕方、転がし方ひとつとってみても同じようにはいきません。軽四で練習して大型バスを運転するようなものです。小振りなもので練習したつもりでも、結局その場面に遭遇しないと分らないのであれば、あまり練習の意味がありません。
(3) 練習にしては数が多すぎる。
例えば2m×2mの小さなログハウスを末口20cmのログで作るとします。エンドの張り出しを50cmとったとして1ラウンドに3m材が4本必要なので10段積むには40本の材が必要です。(実際には入口や窓等の開口部があるのでもう少し少なくて済みます。)
ノッチとグルーブの練習は真剣にやるなら3本もやれば十分でしょうから、あとの30数本はあまり意味のない単純作業の繰り返しにしかなりません。
(4) 練習しながら作ることもできる。
ログハウスは下から作ります。下のログほど大きい荷重を受けています。最初の方のノッチやグルーブは大きな荷重を受けているので、隙間ができにくいと言えます。また、最下段あたりはしくじっても目に付きにくいとも言えます。最初下手で多少失敗したとしても、致命傷にはなりにくいのです。
(5) 小さなログでも完成できないかもしれない。
小さいとはいえ一応ログハウスです。それなりの手間はかかるし、技術も道具も心意気も必要です。途中で嫌になったら、すべて無駄です。被害が小さくてよかったと思われるかもしれませんが、いきなりフルサイズでやったとしても一度に全部の丸太を買いこむバカはいませんから似たようなものです。
こんなことを考えると、使用方法が決まっている小さなログハウスがどうしても必要な場合以外はやるだけ損に思えますが、どうしても必要となると今度は小さなログハウスのためにさらに小さなログハウスで練習したくなり、無限ループにはまってしまいます。
一番いいのはフルサイズのログハウスをちょっとだけやってみることです。ログハウスを作っている人のところに押し掛けて手伝わせてもらうか、ログスクールに通うのがベストです。私の場合は、たまたま近くで開かれたログスクールに3,4回通い、ノッチ、グルーブの刻み方、玉切りと太鼓挽きの仕方、墨の付け方などを習い、本番に突入しました。
24.軒で泣くバカ
「大工と雀は軒で泣く」という諺があります。これは木造の建物の軒は、大工の泣きどころであることからきています。(一説には雨が降ると大工は仕事がなく、軒の下で泣くしかないという意味とも言われています。)こんな諺の通りに、われわれは軒で泣く羽目になりました。
ログハウスは、雨、紫外線から丸太の壁を守るという意味合いから、一般家屋に比べ軒を深くすることが多く、垂木の張り出しが長いので軒先をぴしっと真っ直ぐに仕上げるには技術が必要です。
「どんぐり館」では、軒の出を水平距離で90cmとしましたが、かね勾配の屋根では垂木の長さにすると127cmになります。母屋のところで垂木(米松の45mm×90mm)を継いでいるので垂木の全長3mのうち4割以上が張り出しになっているのです。こんなに張り出すとそれぞれの垂木の癖で先が上がったり、下がったり、左に曲がったり、右に曲がったりします。このままの状態で、軒の端から端まで墨を打って垂木の先を切りそろえても真っ直ぐには揃いません。
おまけに「どんぐり館」では鼻隠しを地面に対して鉛直に付ける仕様にしていました。鼻隠しというのは垂木の木口(鼻)を隠すように先端に取り付ける板です。普通は垂木に対して垂直に取り付けるのですが、シロートのこだわりでどうしても鉛直にしたかったのです。こうするとますます鼻隠しが取り付け難くなり、鼻隠しの力で上下左右に曲がっている垂木を矯正することができません。
さらに鼻隠しに杉の足場板を半分にしたものをそのまま使った(自動かんながなかった)ので鼻隠しそのものが取り付ける前から波打っていました。
数々の悪条件が重なり、気がついてみると鼻隠しは波打った状態になってしまいました。樋(とい)があれば幾分ごまかせるのですが、蒜山のように雪の多い地域では雪に持って行かれるのでつけられません。こんなことは黙っていれば気づくシロートさんはいませんが、たまにプロ(もどき)の人が来ると悪さをして親に見つからないかとどきどきしている子供のような気分になります。
一直線になるべきところは、当然のようにぴしっと一直線に仕上げるのが腕というものです。面倒でも、垂木の先を別の材で挟み込むなどして揃えてから、墨を打って切り揃え、鼻隠しも足場板を真っ直ぐに加工してから使うべきでした。
ピーセン・ピースのわが家では全くこれに懲りないで軒の出をさらに大きく水平距離で1.5mとしました。こうすれば春分の日から秋分の日までの間は直射日光が南の掃き出し窓に全く射し込みないようにできるからです。この強気は決してやけくそになったのではなく、ちゃんと勝算があってのことです。
軒桁を1mオーバーハングさせているのです。こうすれば垂木の張り出しは水平距離で50cmに抑えられるので、癖による曲がりはかなり少なくなります。ログハウスの小屋組はたいていバカみたいに過大な断面の部材を使っているので、1mくらいオーバーハングさせても何の問題も起きません。このオーバーハングのおかげでわが家の軒先はぴしっと一直線になっています。
軒の出を大きくしたいのならオーバーハングを考えてみて下さい。オーバーハングさせるとロフトが幾分広く使えるというメリットもあります。
25.バカなやつほど複雑を好む
ログハウスの元祖は、とりあえずそのあたりに生えている木を切り倒して、斧で簡単なノッチを刻んで横方向に積み上げ、簡単な屋根をかけただけの、これ以上ないほど単純なものです。隙間は土や藁、苔などで塞いだそうです。道具といっても斧くらいしかなく、技術も稚拙で、木材だけが豊富にあるような条件下では柱構造にするよりも壁構造の方が現実的だったということなのでしょう。
こんなワイルドな家のよさを活かすには単純なのがいいに決まっています。でも時代が進み、スクライバーが発明され、チェンソーで刻むようになってくると、いろんなスケベ心が出てきました。その結果が、平面形状を凸凹にしたり、鈍角のコーナーを作ったり、やたら複雑な屋根をかけたりしたログハウスです。
ログハウスの業者さんは「長方形の平面形状に切り妻屋根だけでは他社との違いをアピールできない」と思って複雑なデザインを考えるのかもしれませんが、ログハウスを複雑にしてもいいことは一つもありません。
平面形状を複雑にすればするだけノッチの数は増え手間がかかります。こんなことは、凹と□を比べてみればバカでも分かります。
鈍角の(直角でない)コーナーはよほど精度よく施工しても乾燥収縮の段階で問題が出ると私は思います。(この問題については改めて書きます。)
複雑な屋根は工事が面倒(施工費が高い)で、材料の無駄が多く(材料費が高い)、雨漏りの危険が増す(メンテナンスに金がかかる)という普通の人ならまず敬遠したい欠点を3つも合わせ持っています。これを表す「七谷あって身上つぶす」という諺もあるくらいです。こんなことで身上つぶすくらいなら、小原庄助さんでなくても「朝寝、朝酒、朝湯」でつぶした方が余程マシでしょう。
それにログハウスの屋根はたいてい急勾配になっているので、後から問題が出てきてもシロートさんは気軽に屋根に上がることができません。猿ならかね勾配(45°)でも平気ですが、われわれ人間が足場がなくても上がれるのはせいぜい6寸勾配(約31°)までです。(と教わっていましたが、わが家(8寸勾配(約39°))の工事をしてくれた屋根屋さんや、太陽光パネルの設置業者さんは、足場がない所でも平気で歩いていました。半分猿なのかもしれません。)
バカなやつほどバカだと思われたくないためにわざわざ複雑なのを好んで墓穴を掘るのです。複雑なのはバカに任せておいて、われわれは「シンプル・イズ・ザ・ベスト」でいきましょう。
ハンドメイドのログハウスは「田」、「日」、「口」の字の平面形状に切り妻屋根をかけるのが基本で、こんな単純な構造でも十分個性的な家が作れます。これが長方形に切り妻屋根では倉庫にしか見えない○サワホーム等のハウス・メーカーの家との決定的な違いです。
26.敵を知らないバカ(その1.時間との戦い)
ハンドメイドのログハウス作りにはさまざまな敵が現れます。第1の敵は時間です。
私は子供の頃からもの作りが好きで、学習雑誌の付録の東京タワーに始まり、ゴム動力の船や飛行機、プラモデル、ジグソー・パズル、ボトル・シップ等を経て木製帆船までたいていのものに挑戦しました。さらに調子に乗って木造の在来工法で12坪の離れの音楽室も建てました。本物の家となると、それまでいくつも作ってきた模型と要求されるレベルが全く違います。計画時から完成するまで、模型からは得られない充実感を味わいました。それでも、ログハウスとはまるで比較になりませんでした。
最大の違いはログハウスづくりは長丁場だということです。「どんぐり館」は5年の計画で始めたものの、丸7年もかかってしまいました。7年間の休日(と小遣い)はほとんどログハウスに費やしたということです。一口に7年といってもほとんど人生の1割近くです。メンバーの中にもその間に結婚した者もいれば、会社がつぶれた者、体型が変わってしまった者もいて、7年という時間の重みを感じます。
この長丁場を乗り切るためには、最初からきちんと工程計画を立てておくことが何より重要です。ログ・スクールに通ってノッチやグルーブの刻み方を教わり、実際にやってみれば、ノッチ1箇所にかかる時間、グルーブ1mにかかる時間は大体分かります。もちろんスクライバーの調整、チェンソーの目立てや給油、刃物の研ぎにかかる時間も考慮しなければなりません。これらにノッチの数やグルーブの長さをかければ必要な時間が計算できます。これに段取り替えの時間や壁が高くなったときのロスなどを考慮して刻みに必要な日数を算出します。トラスや母屋、棟木等の刻みに必要な日数も太鼓挽き1mにかかる時間やほぞ穴1箇所にかかる時間等から同様に計算できます。
年間に作業できる休日の数から雨やその他で作業できない日数を引いて、刻みに必要な日数を割ってやると何年かかるかが分かります。これから先の1年間に雨で作業できない土・日が何日あるかなど誰にも分からないし、人並みの生活をしていると必ずつぶれる土・日がでてきますが、とりあえず情報を集めて算出してみて下さい。
壁の積み上げとトラスの刻みにかかる時間が2年以上になるようであれば計画の見直し(ノッチの数を減らす、段数を減らす、建物を小さくする、メンバーを増やす、あるいは屋根のある作業場をさがす等)が必須です。「どんぐり館」での経験上、雨ざらし日ざらしでログが持ちこたえられるのは2年が限度だからです。われわれの仮組場は「晴れの国」と言われ日本で一番晴れの日が多い岡山県南にありました。それでも2年が限度と感じました。
2年以内に何としても屋根をかけて、雨・雪そして紫外線からログを守らなければなりません。そうしなければ、日の当る箇所は紫外線でほごほごになり、日の当らない箇所は黴(カビ)だらけになったり茸(キノコ)が生えたりします。
そうなってしまうと、ほごほごを取り除いたり、黴や茸を取り除いたりする余分な作業が必要になり、さらに時間がかかります。あれほど輝いていた丸太は、どす黒くすっかり光沢もなくなり、せっかくの新築がどうみても中古住宅です。これではやる気はでません。それでも、しょうがなくだらだらと作業していると、新たな茸を発見してしまい、もうプライドなど捨てて帰りたくなります。そして、このころには応援してくれていた周囲もすっかりあきらめかけているのです。
こんな悪魔のスパイラルにはまるともう絶望的です。完成する前に腐るという最悪の結果が両手を広げて待ち受けています。
ログハウスのセルフ・ビルドはさまざまな敵との追いかけっこです。最強の敵は時間かもしれません。とにかく屋根がかかるまでは、余計なことは考えずひたすら全力で突っ走っるのが幸せへの道です。
27.敵を知らないバカ(その2.虫・動物との戦い)
第2の敵は虫・動物です。
(1) 白蟻 白蟻-昆虫綱ゴキブリ目シロアリ科の昆虫の総称です。ゴキブリ目というのがあるのに驚きましたが、白蟻がそれだというのも驚きです。白蟻は小さくて集団生活をしているところは蟻に似ていますが、全く別種でゴキブリの仲間だそうです。そう言われれば、暗くてジメジメしている所を好むことやバカみたいに旺盛な食欲はゴキブリに似ています。 ログハウスだけでなく一般の住宅にとっても白蟻は大きな問題です。新聞やテレビのコマーシャルを見ても数多くの住宅が白蟻に悩まされていることがわかります。やられてしまうと白蟻駆除業者に頼むしか方法はありませんが、そんなことをすると健康住宅どころではありません。ずーっと前に借りていた借家では風呂場に白蟻の羽根が落ちていたので大家さんに言って駆除してもらいましたが、あまりに強烈な薬剤の臭いに目までちかちかしました。こんな吐きそうな家で、当時まだ0歳だった息子と暮らすことなど考えられなかったので、半月間は実家で親子三人避難生活を送りました。哺乳類代表の人間がこんな状態ですから、家中の生物はほとんど死絶えたと思いました。 今はこんなきつい薬剤は使えないということですが、建てる前に構造的な面から考えておくべき事だと思います。白蟻は湿度と温度の条件が揃わないと生きていけないので、2つの条件が揃わないような構造にしておくことが肝心です。(読者の皆様のために温度○○°以下とか湿度○○%以下とか書きたいのですが、いろんな説があるようで、また白蟻の種類にもよるようで具体的な数字が書けません。ご自分で調べてどれを信じるか自己責任でお決め下さい。)
(2) 蜂 毎日住む家と違い、時々しか訪れない別荘には知らないうちにいろんな虫が巣を作ります。やっかいなのは蜂でしょう。軒の下に立派なのをぶら下げてくれるのも怖いですがこれはまあ何とかなるとして、「どんぐり館」では二階の床と1階の天井の間に巣を作られました。根太を2階の床材と1階の天井材でサンドイッチにする構造だったのですが、そのスペースに張り出しにした梁のノッチのすきまから入った蜂が巣を作り、気がつくと一階の天井付近からガサガサ音がするようになっていました。 天井に3mmくらいの穴をいくつも空け、そこから細いパイプで蜂キンチョールを注入してなんとか巣を放棄してもらいましたが、天井板をめくると間違いなく立派な巣がでてくるでしょう。
(3) 蛇 いくらシロートが刻んだとはいえ、「どんぐり館」のノッチやグルーブに蛇が通れるような隙間はありません。でも、どこから入ってくるのか知りませんが、室内で何度か蛇の脱皮した皮を見かけました。窓の上のセトリング・スペースにあったこともありました。皮を脱ぐには安全なスペースに思えたのでしょう。特に害はありませんが、皮でも見つけると驚きます。本物がとぐろを巻いていたらと思うとぞっとします。
(4) 鼠(ねずみ) 「どんぐり館」では、食べ物は置かない。残った食べ物はすべて燃やすか、冷蔵庫に入れて帰る。これを徹底していましたが、鼠が住み着きました。食べ物はないはずなのにと、調べてみると石鹸をかじっています。石鹸に歯形がついていました。私は知りませんでしたが、鼠が石鹸を食べるというのは知ってる人はみんな知ってる有名な話らしいです。石鹸を食べられないようにすると自然にいなくなりました。
(5) 蝙蝠(こうもり) 昔から蝙蝠は虫を食べてくれる益獣として、また「蝠」が福につながるとして家に住むことを歓迎されていたようですが、私は嫌いです。顔が不気味な上に鼠の仲間として不衛生なイメージを持っているからです。現在、日本に生息するすべての蝙蝠は絶滅危惧種としてレッドリストに載っていて、鳥獣保護法という法律により守られています。勝手に駆除することも捕まえることも飼うこともできません(罰則もあります)。
蝙蝠に住みつかれると、糞による害(悪臭)が出ます。あからさまに追い払うことはできないので、蝙蝠の方に来るのを遠慮してもらうしかありません。対策としては超音波や照明や臭いで嫌になってもらうという方法があるようですが、どれも効果は?です。
ピーセン・ピースのわが家にも毎夏蝙蝠の御一行がやってきて、夜になると軒下にぶら下がります。高い方が安全と思っているのかどうか知りませんがぶら下がるのは最上部の棟木です。悪いことに真下がベランダへのドアになっているので、ちょうど通り道に糞が落ちているわけで、非常に嫌な気分になります。 蝙蝠ですから、ぶらさがるということは頭が下になっているわけですが、こんな体勢でこの連中はどうやって脱糞しているのでしょう。
それにしても、こんなにしょっちゅう被害にあっているのに、本当に絶滅しそうなんでしょうか?夕方になるとわが物顔で飛び回っているこの連中が絶滅危惧種とはとうてい思えません。
28.敵を知らないバカ(その3.茸との戦い)
第3の敵は茸です。
「どんぐり館」ではかなり大きなウッド・デッキ(7.0m×4.0m)をつけました。多人数で利用することが多いのと、仮土台にしていた太鼓挽きの電柱がリサイクル利用できることで、これくらいのサイズはそんなに大きいとも思わなかったのです。
デッキ材はWRC(ウェスタン・レッド・シーダー)や桧が腐りにくいと言われていますが、予算の関係で米松の45×90mmを使いました。これの表面と側面に電気鉋をかけ、5mmほど面を取って臭いのを我慢しながらクレオソート油(現在は発ガン性が疑われているので発売禁止)をたっぷり塗ってステンレスのスクリュー釘で打ち付けました。
このウッド・デッキは高さが1.4mくらいあり、落ちると危険なので、いずれ手すりを付けようと考えていましたが、手すりどころではありませんでした。蒜山高原はかなりの積雪があり、冬は数十cmから1mくらいの雪がずっとデッキに積ったままになります。デッキが別棟のトイレへの渡り廊下を兼ねているので、雪かきをしないとトイレに行けません。手すりがあると雪かきの邪魔になるので付けられないのです。
でも、たとえ邪魔にならなかったとしても付けない方が正解だったとすぐに分りました。蒜山高原は雪が多いですが、雨も多くからりと晴れることが少ない上に周囲の木をなるべく切らないで残したために風通しが悪くなってしまい、ウッド・デッキがからからに乾いていることがめったにありません。こんな所に丸太で作った立派な手すりを付けても、すぐに茸だらけになることが容易に想像されるからです。
ログハウスに茸が生えると何とも間抜けな光景になります。明治製菓のきのこの山のような茸を想像してみて下さい。どんなにすばらしいログハウスでもこんなかわいいのが楽しげに並んでいたりするとほとんど台無しです。また、カワラタケのような柄のない茸が生えたりしても本当に情けない気分になります。
見た目が間抜けで情けない以上に、見えないところでも大変な事になっています。茸は黴(かび)と違って「子実体」(きのこのこと)を作って胞子を発生させ増殖します。このためにキノコは菌糸から酵素を出して、葉や木の細胞に入り込み、細胞をゆっくり溶かし必要な養分を吸収します。茸は見た目以上に見えない部分をボロボロにするという、黴とは段違いに恐ろしい敵なのです。
この茸との戦いでは、気温と湿度と丸太の含水率という条件を揃えないこと、胞子を飛んでこさせないことが肝心ですが、気温と湿度はその土地の気候ですからどうしようもありません。丸太の含水率を下げるためには人工乾燥させる方法がありますが、ハンドメイドのログハウスでこんなことをする人はいません。胞子を飛んでこさせないことなど現実的に不可能でしょう。われわれにできることは「丸太が自然に乾燥するまで毎日見回って生えていたらすぐに取る」ことしかありませんが、毎日住まない別荘ではこんなことはできません。
茸と戦っても留守にしているわれわれに勝ち目はありません。屋根のない箇所に木材を使うべきではないのです。
なお、茸の中には食べられるものもありますが、毒を持つものもあります。「色が派手なのが毒キノコ。地味な色で匂いの良いキノコは食べられる」、「虫が食べているキノコは人間も食べられる」、「ナスと一緒に食べれば中毒しない」などといった通説があるようですが、これらはすべて何の根拠もないデマです。食べてみる以外に毒茸を正確に見分ける方法はありません。(まさかログハウスに生えた茸を食べようと思う人はいないと思いますが、念のため。)
29.敵を知らないバカ(その4.重力との戦い)
第4の敵は目に見えない敵、重力です。重力というのは、地球上にいる限り晴れの日も雨の日も四六時中働いていて休むことがありません。
重力に逆らって重い丸太を人力で上げるのは本当に大変です。バカ力(ばかぢから)が発揮できるのはせいぜい腰から肩の高さくらいまでで、それ以上になるとまるで力が入りません。どんなに気合いを入れようが、おもしろい顔をしようが、人間は本当に限られた条件のもとでしかバカ力を発揮できないことが実感できます。「どんぐり館」では仮組時に6mの丸太を1本上げるのに大人が4人も寄ってたかって丸1日かかったこともありました。
こういうバカ力にものをいわせる作業は人間よりも機械の方が圧倒的に得意なので、本組みの時は何のためらいもなく機械に任せてしまいました。
従って、今回の話題は丸太を上げるときの戦いではなく、丸太のセットについてです。
「夢丸」では丸太のセットの仕方として、湾曲している材は凸の側を斜め上の外側に向けることを推奨しています。
上に向けるというのは、重力が働いて下にたわませようとするので、まん中が上がるようにセットしようということです。また外側に向けるというのは、少しでも内部を広くということです。壁際に家具等を置く時は1箇所でも飛び出した所があるとそれ以上は壁際に寄せられないので、このセットの仕方は一見理にかなっているように思えます。本当でしょうか。
理にかなっていると思われた方はバナナでやってみて下さい。バナナのまん中を斜め上向きに固定するのは簡単ではありません。バナナでできないようなことを丸太でやろうとしているのです。大かすがいやくさびで固定していても何かの拍子につるりと回転して凸が下に向いてしまいます。
それでもなんとか固定してスクライブを終え、ラフノッチさえ刻んでしまえば、簡単に回転することはありません。めでたく思ったとおりにセットできたとしましょう。しかし、セットできても重心がずれていることに変わりはありません。重力は重心に作用するので、偏芯による丸太を回転しようとする力が働いています。同じようなことが、片側だけ面を出した丸太を使用した場合にも起ります。(片側だけ面を出した丸太も重心がずれているので、面が上を向くように回転しようとします。)
このように丸太を回転させようとする力がログハウスが存在する限り四六時中働き続けるのは、私は非常に居心地がよくないと思いますが、議論されたのを見たことがありません。
始めから目に見えない重力と戦ったりしないで済むのならそれにこしたことはありません。
私は、湾曲した材は凸を真上に向けてセットし、内側に面を出したいのなら、太鼓挽きにして外側にも面を出すのがいいと思います。偏芯さえなければ重力は敵ではありません。四六時中丸太を押し下げることによって壁を締め固めてくれている力強い味方です。
30.敵を知らないバカ(その5.連れ合いとの戦い)
最後の敵もかなり手強いです。
ピーセン・ピースのわが家は土地の衝動買いから始まりました。たまたま新聞の折り込み広告で近くにリーズナブルな土地があることを知り、ほとんど衝動的に飛びついてしまったのです。何とか土地の売買契約が結べたと思ったら、(まだ決済前なのに)もうハウスメーカーの営業マンが来ていました。おまけに簡単に土地の調査を済ませ、2案ほどたたき台まで持っていました。あきれるほど見事な不動産屋とハウスメーカーのネットワークでした。
ハウスメーカーの家ではわが家の希望を100%どころか半分ほどしか満足できなかったので、結局お断りすることになりましたが、この営業マンはなかなかシャープないいやつで、いろいろと興味深い話をしてくれました。
彼のお客さんで、家を建てるときになって初めて、お互いの好みや考え方の違いに気づき、喧嘩になって離婚してしまった夫婦があると言うのです。そんなに深く自分や相手の好みや趣味、人生観などを考えることもなく結婚してしまったということなのでしょう。家を建てようと思い立ったことが離婚の引き金になるとは思ってもみませんでしたが、何でもありなのが今の日本です。
わが家でも、こんな家にしたいという自分自身の考えもまとまっていないような状態で、お互いに思いつくまま気の向くままに自分の希望ばかりを言ったのでは、収拾がつかなくなりそうなことは分かりました。そこで、まずお互いが自分の考えを固めることにしました。
お互いの考えを出してみると驚きの連続でした。10年以上も夫婦をしていると、相手のことはたいてい分かっていると思いこんでいましたが、実は美しい誤解で本当に分かっていたのは、うどんとお好み焼きが共通の好物だということくらいでした。共同生活する上で必要な最小限の譲歩と理解以上に一歩踏み込むことはしてなかったということです。お互いに普段の生活からは想像できないような好みやセンスを持っていることが分かりました。
わが家のケースではピーセン・ピースのログハウスという構造を採用した時点で、私の方はかなり満足感を持っていたので、壁の色や照明器具等の趣味の問題については半ばどうでもよくなっていました。ここをうまく敵に譲ることでバランスを保てたと思っていますが、敵にしてみれば、実はよく分からない構造的な部分を恩着せがましく譲ったふりをして、その他の部分で本領を発揮しようとしたのかもしれません。
家を建てるということは一生に一度の大プロジェクトですから、思わず力が入り、妥協したくない気持ちも分かりますが、くれぐれも離婚に至るような喧嘩にならないようにして下さい。お互い全然分かってなかったといっても他の人よりはずっと分かっているはずです。たぶん、あなた以上に敵を知っている人はいません。